ヘビアンドさそりっこクラブ

ホラーショップと併設のカフェ「吐血」を開業するための妄想と準備を。還暦記念ディナーショーのためにサックスを始めました。2037年予定。

着たくないものは着たくない 着る服くらい好きにさせておくれ

午後のひととき…まどろんでいると、ふと中学生くらいからどうしてもブルマ着用したくないマンだった事を思い出した。

他の生徒が着用しているのは何とも思わないけど、自分が着用するのは耐えられなかった。どうしてもはきたくないと体育教師に訴えて、却下されても叱られても食い下がり、ジャージでの授業参加が許可されたのだった。

高校生になると、学校指定のジャージが本当に私には受け入れられなかった。好きじゃない色に、ウエストの紐がコタツの電源コードひものようで、それを着るなんて耐えられなかった。全校生徒が紫色のジャージを着る中、私は1人深緑色の裾の短いジャージを着た。

卒業してから、私は緑マンと呼ばれていたことを知った。

水着も同様にして拒否して、いつも授業は見学。炎天下の中、単位をもらうために走った。

着たくないものは着たくないんだ。

そのために多くを失ったけど、自分で決めることは出来た。

別にオシャレにこだわりがあったわけじゃない。今思えばなんて面倒くさいやつなんだ、と若い頃の自分にうんざりしたり恥ずかしく思うこともあるけど。

それでもやっぱり、自分で決めて生きてこれたのは良かった。

食べるもの削って、楽器やレコード買って、道端でギターかき鳴らして歌って。

隣のグループの男の子が、白い鳥の羽根がたくさんついたズボンをよく履いていた。

これはコムデギャルソンなんだぞ。と言っていた。彼は食べるものを削って好きな服を買って、いつか自分でも服を作りたいと言っていた。

その彼はその後どうなったかは知らないけど、好きな服を着ているんだろうな。

私も好きな服を着て好きな音楽聴いて、好きな酒売って家族とのんびり暮らしている。

もう道端で歌ったりはしないけど、家で下手くそなサックスをたまに吹く。

3歳の娘が毎朝、着る服を自分で選ぶのをコーヒーを飲みながら眺める。

組み合わせが変でも口出ししないようにしながら。